• Aloha-boy

やっと出来ました!『センポクカンポク「タイムトラベル」Image Movie』

ミュージックビデオの第二弾が出来ました。

自分の中にイメージがあって、それを映像にしたかったものの 何度やっても上手く出来なくて、実は途中で諦めかけました・・・。

でもなんとか思ったカタチに仕上がって、 ホッと胸をなでおろしています。


今回の楽曲は若い人たちに向けた『応援歌』だと 僕は捉えて映像を制作しました。


いろいろ大変なことがありますが それでも僕たちは前を向いて進んでいくしかないわけで 時に立ち止まったり、振り返ったりしながら、 進んでんだか、進んでないんだかわからない調子で おまけに、こっちの方向で合ってるの? と自分に問いかけてみたり・・・。


楽曲には歌詞があり、その言葉をそのままトレースするように 映像化する必要はないと思いますが、メッセージや世界観のようなものを 伝えることは最も大切なこと、と考えています。


今回の楽曲はリリックの半分が、どちらかというと内向的な言葉で 傷ついたり、泣いたり、心で叫んだり、と、 ポジティブな言葉は『ほら、朝が来るよ』ぐらいでした。

この一節だけが唯一、希望を感じさせる 前向きな言葉でした。


今、思うとよくこの楽曲を映像化しようと思ったな、と 自分のアホさ加減に呆れてしまいます・・・。


とは言え、まあ、なんとかなるか、と作り始めたものの、 やはりあまりのネガティブな言葉の多さに つまずいてしまいました・・・。


そんな映像を考えるのにも限りがありますし、 そもそもそんなものを見続けても気が滅入るだけだろう、と この楽曲の映像化の難しさに、あらためて気がつきました。


今回、モデルさんの撮影はテストシュートを含め 6日間行われました。 (夜の撮影だったので照明のチラつき、画質の低下など クリヤーすべきポイントがいくつもあったので・・)


海岸での2日間の撮影が山場で、 それを持ち帰って編集作業を進めましたが どうやっても自分が思っているイメージならなくて これはどうしたものだろう・・と途方に暮れました。


至った結論は二つあって、一つは楽曲を変える。 もう一つはMV制作をやめる、ということでした。


しかしながらどちらにせよ、関わってくれた人に 謝罪し、どのように対応するかを説明する必要がありました。


でも本当にそれでいいのか、という想いもどこかにあって 答えを決められずに数日が過ぎていきました。


仕事をしていてもプールで泳いでいても 頭をよぎるのはMVのことばかりで しかしもうこれ以上先送りはできないので 覚悟を決めて向き合うことにしました。

「なぜイメージ通りにならないのか」と。

悲しさ、切なさが伝えられない。

そもそも悲しさ、切なさとはなんなのか、という そんな問いかけを自分にする日が来るだなんて 想像もしませんでしたが・・・。


いろいろ思い遣っていると、子供の頃飼っていた、 猫のことをふと思い出しました。


冬のある日、玄関でバスタオルに包まれていて めくるとカチカチになって死んでいました。 車に跳ねられた、と父は涙を堪えて言いました。


ふんわりとした毛に指を突っ込むと とても冷たい感触があって それは冬のよく晴れた日でした。


大好きだった彼女にフラれた夏の日も バイクで向かった夕方の淀川の上流には、

気持ちの良い積乱雲が 天に張りつかんばかりに高くそびえていました。


若くして亡くなった親友の葬式の日も 清々しい気候のよく晴れた日で 火葬場に向かう彼を乗せた黒い霊柩車が 逆光でキラキラと輝いていて、 その光景に不思議なギャップを感じたのをよく覚えています。


自分が悲しいとか、切ないとかそんな感情を抱いた日も まわりの世界はそんなことお構いなく いつもと変わらず平穏に過ぎていく。


不条理だ、とまでは思うことはなかったにせよ そんなもんなんだな、という諦め感のおかげで さらに気分が沈み込んだものでした。


でもそれと同時に自分の中に新しい何かが芽生えていて 多分それは温かい思い出は心にしまって、先に進もう、という 悲しさを乗り越えていく気持ち、あるいはそれらを受け入れるための ささやかな成長と呼べるものかもしれません。


そんなことを思い出した後、 ああ、なんだかMV、できるかもしれないな、 と再び取りかかることにしました。

しかし現実はそう上手くいかず また別の問題が・・・。


映像はつながったものの、何かがしっくりとこない。 全体的にパワー不足というか、おとなしいというか・・。

これは強い映像が足りないんだな、と何度も撮影に出かけ 追加編集するものの、やはり解決しない。


この状態で世に出して良いものなのか、と悩む。 でもどこが悪いのか、いくら考えてもわからない。

ふと大阪にいる親友のカメラマンのことを思い出す。

圧倒的な審美眼と歯に衣着せぬ言動で おそらく関西の業界人で知らない人はいない。 嘘やおべっかは言わない。

素晴らしいものは讃えるし、 つまらないものはつまらない、と正直に言う。


感情的批判ではなく、表現者としての建設的批判の言葉の前には それによる人との軋轢や衝突などは無意味、と思えるほどの 尊さや説得性があると僕は感じています。


けちょんけちょんに言われることを覚悟して 見てもらえることになりました。


「キレイなスライドショーってゆう感じかな。 シーンの長さが同じで楽曲のリズムもあるけど 全体的にスローなイメージ。

もう少しアップの映像があった方がいいし、 映像が停止している時間が長い気がします。 でも編集次第で素敵な映像になりそうです」

そのメールを読んで、ああ、躍動感が 欠けているんだと気がつきました。 さすがです・・・。


強さではなく、背中を押して進めさせるような ドライブ感が確かに無かった。


前作の江ノ島は全編カメラ手持ちで、たとえブレても 女性の動きや表情を逃さないぞ、という強い意思がありましたが 今回は歩く映像が多かったのでジンバルという機材を (手ブレしないスタビライザーのようなもの) 使って滑らかになるよう注力していました。


MVは2作目なので前回よりも良い映像を撮らなくては、 という呪縛というほどではないですが、そんな気分で 目の前にある衝動や激しさをカメラに取り込むということよりも 上手くきれいに撮らなくては、ということが頭から 離れなかったのだと思い、とても反省しました。


音楽に一番大切なグルーブ感と呼ばれる ノリや一体感に欠けていました。


友人の言葉を参考に2日かけて再編集し、 もう一度見てもらうことに。


返信を緊張して待ちましたが 「断然こっちの方がいいです。 意思が感じられましたし、 元気が貰えました★」 とメールが届き、 ホッと胸を撫で下ろしました。


まさか制作に3ヶ月もかかるとは思っていませんでしたが とりあえず出来ることは全てやった、 という達成感というか、安堵感というか、 みんなありがとう!という感じです。


あんなに大変だったのに、 終わるとまたやりたくなる不思議さで 3作目に取りかかる準備を始めています。

よろしければご覧ください!

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