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  • 執筆者の写真Aloha-boy

コロナ禍とミュージックビデオ

更新日:2021年1月28日


2020年はいろいろと考える時間がありました。

悩みつつも、写真でやっていこうと決めたのは

20代前半の頃で、素敵だなと感じたことや、心に引っ掛かったものを

カメラに収めていったのですが、それがどう将来に結びつくのか、

といった未来図も特になく、でもいろんな人々のお世話になり、

気がつくとカメラマンとして生計が立てられるようになっていた、

という次第でありました。かなり端折りましたが・・・。


多くの方がご存知だと思いますが、お客さん、つまりは

クライアントさんが望む写真を撮るのがカメラマンの仕事です。

もちろんそこには自分のテイストが多少は入るものの、

好き勝手に撮っていいわけではなく、いろんな制約の中で、

目を引き、魅力的な写真になるよう撮るのが

僕たちカメラマンの仕事になります。


一方、僕が20代はじめに撮っていたのは、誰かのためではなく、

完全に自分のための写真でありました。このような私写真を

撮る人を「写真家」と僕は呼んでいます。


同じ写真を撮っているのに両者は全く異なった場所に立ち、

違うベクトルを持って突き進んでいます。熱量は変わらなくても

自分のために撮るのか、あるいは誰かのために撮るのかで、

求められる技倆は同じでも違う職業のようにすら感じられる、

目的や意識の違いがそこにはある、と僕は考えています。


カメラマンになっても、始めた頃と現在との間に大きなズレがあり、

それにずいぶんと悩んだ時期がありました。でもカメラマンとして

やっていけてるだけでも幸運だし、お客さんの期待に応える、

というのは、この仕事の醍醐味でもあると感じています。

誰かのために撮るからこそ、期待に応えねば、とここまで

やってこれたような気もしていますし、自分のためだけだったら

嫌気が差して放り出してしまったものもあったかも知れません。


とは言え、自分の中にまだ青臭い部分があることをずっと意識していて、

ただそれをどのようにしたらいいのか、長い間考えていましたが、

初めの第一歩としてミュージックビデオという

カタチで制作することに決めました。


もしよろしければご覧ください。


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