フリーになって間もない頃、苦手な男性編集者がいた。
言葉になんというか、トゲがあるというか、ぶっきらぼうな響きがあって、
一緒に仕事をしていると僕はずっと苛立っていた。
そんなフィーリングは相手にも伝わっていたと思う。
それなのに、よく仕事の依頼があった。
断る理由もないので、仕事はした。
そしていつも険悪な雰囲気の中で撮影をした。
その日は物撮りの撮影だった。
女性誌だったので、小物のようなものを撮っていたのだと思う。
当時はまだフィルムで、その日のカメラは絶好調だった。
巻き上げが軽い。
調子いいなーと撮影を進めていた。
それなりに撮り進めた時、我ふと思う。
フィルムが巻き戻らない・・・。
普通は36枚撮り終わると自動的に巻き戻るようになっている。
まさか・・。
まさか!
おそるおそるカメラの液晶を覗き込む。
普通はそこに数字が書いてある。
34枚まで撮りましたよ、みたいな。
そこにあったのは「E」・・・。
見なかったことにして、もう一度覗き込む。
やはりエンプティ、空のE!
フィルムが入っていない・・・。
カメラを持つ手が震えだす。
ヒザから崩れ落ちそうになる。
そりゃ巻き上げも軽いはずだ、入ってないんだから。
よりによって、この編集者の時に。
全力で言い訳を考える。
自分の中の全英知をかき集め(大した英知ではないが)
この困難を乗り切れる知恵を、激しく熟慮する。
震えるヒザを支えながらだ。
しかし見つからなかった。
どうやってもこの状況を誤魔化す手段は見つからなかった。
もう謝るしかない。
僕は状況を説明し、
申し訳ありませんでしたと深く謝罪した。
「バカ野郎!何やってんだよ!」
という言葉を僕は覚悟したが、返ってきた言葉は
予想もしないものだった。
「ああ、そうですか。じゃあ、また初めからやりましょう」
彼はそう笑顔で言った。
それから僕たちは急速に仲良くなった。
他の誰よりも親密になったくらいだ。
何が好転のキッカケになるかなんて、わからない。
でも半年ほどして彼は仕事を辞めた。
それとなく聞こえてくる話によると
職場の人たちと折り合いが悪かったということだった。
「被写体はあなたの鏡だから」と言われたことがある。
あなたが心を開いていないのに、相手に開け、
というのはやはり無理がある。
それゆえ心の障壁のようなものを
取り払おうと常々心がけてはいる。
でもなかなかうまくいかないことも多いし、
人間、感情があるので、緊張もするし、腹が立つこともある。
でもこれまでの経験で学んだのは、結局のところ、
最後は素直に話すしかない、ということなのかもしれない。
その言葉が自分たちにとって触れたくないものであったとしても
そうすることによって前進し、解決させていく、あるいは終わらせていく、
というきっかけになることは多いのだろうと思う。
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